☆・。様々な体験記。・☆

 奇跡の生誕 ●

 母は心臓病でした。私が生まれる1年前に、持病で死にそうになり、持病の心臓病の大手術をしたそうです。その当時、心臓の手術はまだ難しかったそうです。父や祖父母たちはもうダメだと思っていたそうです。手術は何とか成功しましたが、助かったことすら奇跡だったくらい重病だったそうです。身体のことを考えて1年間は子供は作らないようにと先生から言われたそうです。

 そして、私がお腹に宿り、自分の命をかけ母は私を生むことになりました。母が心臓病で死んでいたら、私の生はこの世にありませんでした。この母に生まれて大変なこともありましたが、この世に生を与えてくれた神に感謝です。だからこそ、いまがあるのだから・・・。




● 真実の意味 ●

 一般の人は3歳の頃の思い出といえば、普通は家族で遊園地に行ったとか楽しい思い出だけだと思います。しかし、私には不思議な記憶が残っていました。私にとっての3歳の時の記憶は、家族で行った遊園地での思い出のほか、真っ暗いところで怖い顔をした人に何かを言われたことを覚えています。言葉は現代のものではありませんが、何故かそのときから私は自分の為、家族のためではなく、一族の為と考えるようになっていきました。衰退した一族の栄華を復興させたいと何故か3歳の頃から思っていました。

 幼稚園、小学校へあがってお友達の家に遊びに行くと、その怖い顔が床の間とか玄関に飾ってあるおうちもありました。歴史を習うようになった時、教科書にその顔が載っていました。それは、般若のお面でした。般若のお面の本当の意味を知ったのは、ずーっと経ってからのことですが、般若は表面ではニコニコ笑っていても実際の心は違う人間の本当の心の象徴です。つまり、真実が大切ということです。それ以来、常に一族の為と戦国時代のお姫様のようにと自分を犠牲にしてでも家を守るというような呪縛は一切なくなりました。あの般若は、どんなときでも真実が大切であるということを教えてくれたのです。

 あとで知ったことですが、祖母の実家の本家(某大名家)であった三重県のとある場所にある“だんじり会館”にあった般若のお面と3歳の頃に見たお面は同一でした。だからと言って、今は何という感じですが・・・。
 血筋や家柄なんて、いま考えてみると宇宙レベルから見たら小さなことでこだわるようなことではなかったのです。3歳の時から、真実が大切であるとあの般若は伝えていたのですが、その際は私に度量がなくて気がつかなかっただけなのです。本当にすばらしい学びでした。




● エイズは細菌兵器? ●

 8歳の頃に見た夢です。洪水の夢でした。その当時知っていた一番高いビルであったサンシャイン60くらい高いビルの5分の4くらいは大雨の為水に埋もれました。そして、お金持ちの人は潜水艦などで脱出を試みるのですが何故かそのほどんどがなくなってしまったのがわかりました。

 急に場面が変わり、見たこともないような高層ビルの中の一室で黒人風の部下である人と夢の中での30歳くらいの私が話していました。
「みんな例の病気で死んでしまいましたね!」
「私の周りもみんな、いなくなってしまいましたよ。」
「あの病気、猿から(病原菌が)来たとかっていう話しだけど、アメリカの軍が細菌兵器として開発してアフリカで使ったんだって。」
というような会話を交わしていました。8歳の私には、とても難しかったので意味は理解していませんでしたが、内容が難しかったので鮮明に記憶しています。

 小学5年生を過ぎて、世界で変な奇病があることを知り、中学生に上がってからエイズのことを知り、それからしばらく経って18を越した頃、細菌兵器の噂を何かの本で読みました。但し、その本の内容が真実か否かは分かりませんが・・・。

 エイズのことかエボラ出血熱のことかは分かりませんが、知るはずない情報を私は既に知っていたことは事実です。実に奇妙な体験です。




● 言葉の大切さ ●

 中学1年生の時、学校で合唱コンクールというものがありました。私はピアノの伴奏者だったので、毎朝練習に行かねばなりませんでした。しかし、中間テストの前だったので勉強をしたかったので、3日間仮病を使って休むことにしました。

 最後の日に、母に病院に連れて行かれました。行きたくはありませんでしたが、熱も無いのでお腹が痛いと嘘をついた私には拒む理由がありませんでした。おなかを押されて、「痛いですか」と問われても子供ながらにはめられるような気がして首を横に振っていましたが、今度はその先生は負けじとみぞうちのあたりを力一杯押してきました。うなずかざるを得ない程の力でした。

 その後、耳から血液検査をして慢性盲腸ということにされて入院することになりました。病室に連れて行かれ、置き去りにされ待っている間、ここから飛び降りて帰ろうかとも考えましたが、窓から下を見ると犬が吼えていて逃げることもできませんでした。結局あきらめて、手術も受けることになりました。嘘をついたが為に、入院して手術をするはめになってしまいました。

 このときの学びは、言葉は想像し、現実を創造するということです。嘘のような痛い経験でしたが、これは事実です。また、このとき言葉の大事さ言霊の素晴らしさを身を持って体感し、ほんの冗談のつもりの嘘でも現実をつくるということを学びました。




● 感謝することの素晴らしさ ●

 中学2年生のころ、血液循環器系の難病にかかり、死にそうになったことがあります。正式名称は、突発性血小板減少性紫斑病です。この病名に診断されるまで、どこの大学病院でもわからないとたらいまわしにされ、最初は溶連菌感染症とはしかと猩紅熱の合併症と言われたり、二転三転しました。身体中に紫斑が出て、高熱が続きました。

 ある日、母が医師に呼ばれ、外で一人で待っていると、「この子の余命は2週間です」と言っているのが聞こえてしまいました。その日はショックでしたが、母には気が付いていないふりをしてニコニコしていましたが、自分の部屋で悲しくて泣きました。

 翌日からは、何故か不思議なくらい物事や人や全てに対して感謝の念が湧いてきました。「私は好きなことをできて、美味しいものも食べれて幸せだった。難民の人や飢餓で苦しんでいる人のことを比べたら、どんなに幸せだったのだろうか。彼らは食べたいものも食べれないし、生きたくても生きていけない。ささいなことに不平不満を持っていた自分が情けない。生きているだけでも幸せなのだから。」と感じました。すると、不思議と、両親に対しても、食べ物に対しても、すべてのものに対しても、忘れていた感謝の気持ちが出てきました。死に対しての恐れも消え、残るわずか数日間だけでも、いままでの分、感謝の敬意を込めて、ありがとうという気持ちで生活をしていました。何故か、すべてのものが光り輝き、キラキラと輝いていました。

 奇跡が起こりました。余命2週間だった私の病状が回復したのです。薬も飲まず、治療という治療もせず、自力で治ったことに、先生も驚いていました。その後、その難病は完治して、いまでも、私は元気に生きております。また、自分の気持ち=イメージで、どんなものでも治せて、本来のエネルギーに戻せることを思い出した貴重な体験でした。

 その頃、臨死体験も経験しました。この上なく至福に満たされた空間で我に返り、何故私はここにいるんだろうと思った時、下を見ると自分が横たわっていました。このままだと死んでしまうと思ったのか、一生懸命平泳ぎをして戻っていった記憶があります。意識で戻ろうとすれば簡単に戻れのに、その当時は無知だったので・・・。でも、この時戻っていなければ私はあの世に行っていたことでしょう。帰ってこれたのは、全てに対して感謝できたからだと思います。そして、この世でまだすべきことが残っていたからです。それは、言葉・言霊の素晴らしさを多くの方に伝えることと、多くの方の覚醒のサポートをすることです。


● 此花咲耶媛 ●

 18歳の頃、不思議な夢を見ました。大きな山と湖と神社の鳥居と仙人のような人と女の人が出てきました。直感でその山は富士山であると感じ、富士山周辺に行くと富士吉田市に北口本宮浅間神社という神社がありました。

 神社の方にお話しを聞いてみると、ご祀神は此花咲耶媛という女の神様でした。そして、禊ぎ払いをしてもらおうと奥へ入り驚きました。いつだったか別の時に見た天国の扉のようなものとご祀神を祀っているところの扉が全く同じだったのです。実は、この時まで私は一切神道とは縁がありませんでしたが、これを機に神道と縁ができ、啓示や夢などで教授してもらえるようになりました。考えてみたら、幼いとき住んでいた場所の近くに大きな浅間神社があったので、ある面で氏神様だったのですね!

 此花咲耶媛は桜の象徴です。桜は開花を表します。また、此花咲耶媛は身をもって身の潔白を示したので、真実をも象徴しています。そして、富士山は不二であり、この世にたった一つの真実をあらわします。



● 宇宙の仕組み ●

 19歳くらいの頃、不思議な夢を見ました。母に「法隆寺宝物展が明日まで高島屋本店でやっているから、あなた好きそうだから行ってくれば。」と言われた日に見た夢です。それは不思議な夢でした。

 宇宙のような無の空間に、片手に剣のようなモノを持ち、後ろには火がメラメラと燃えているような木でできた仏像のような人が、サンスクリット語か宇宙語か何語かは分かりませんが話し始めました。しかし、夢なので何故か言っていることは理解できました。
 その人は、霊界の仕組や星の名前や星にも霊界霊性があること、菩薩や神と思っている存在は宇宙で私たちの文明よりもかなり霊性が高くすばらしい文明の星の存在であることなどを話されました。私にはそんな知識はなかったので、とにかくビックリしました。
 また、アインシュタインやダビンチ・ベートーベンやモーツアルトなどの偉人が現在どこの霊界でどの星に属するかなども教えてくれました。もちろん、私の霊界や星も教えてもらいました。その他、「他人がどう思おうと真実が大切だ。自分が正しいと思ったことを貫きなさい。」と私に語っていました。

 翌日、法隆寺宝物展に行くと、夢に出てきた仏像のような人がいました。最終日の混んでいる中、見ていたら発見しました。彼は、法隆寺宝物展にあった仏像でした。



● 謎のサンスクリット語の意味 ●

 19歳くらいのとき、部屋にジュースか何かをこぼしてシミを作りました。クッション・フロアに何かのシンボルのようなものが浮き上がってきていました。何となく、それは梵字(サンスクリット語)であると直感ですぐにわかりました。理由は、その頃祖父が亡くなりそうだったので、早く祖父が治るようにと、どこで覚えたのか般若心経とお不動さんとお地蔵様真言をサンスクリット語で毎日ノートに書いていたからです。しかし、そのマークのような文字は見たこともありませんでした。

 その後、面倒くさくなってノートに書くのをやめてしまいました。数日後、新聞では肺炎により死亡と出ていましたが、実際は祖父は風邪をこじらせ、それが元で合併症を起こし亡くなりました。

 それから、そのようなことがあったことを忘れて普通の生活を送っていました。ある日、旅先であの時と同じサンスクリット語を偶然目にしました。それは、サンスクリット語のオームの文字だったのです。オームとは、サンスクリット語では全ての始まりである聖なる音だそうです。この時まで、私はこの文字を見たこともなかったのに、不思議です。

 全ての始まりであり、物事のはじまりであるオームは、全ての基本でもあります。きっと、「宇宙真理の基本を思い出しなさい」という聖なるメッセージとして私に訴えたかったのでしょう。そして、約10年後に私は気付く事になりましたが、もしあの当時気が付いたら逆に無知だったが故、危険を生じたかもしれません。神のご意志に感謝いたします。



● チッチェン・イッチャへの旅 ●

 20代前半の時、1992年の7月だったと思います。NYから貧乏旅行でカンクーンに行きました。当時、まだ日本人観光客はカンクーンへは足を踏み入れている人は少なかったように思えます。学生時に、遊びでNYで語学勉強をしている時に行ったので、400ドルのエアー代とホテル代込みの格安ツアーで行きました。メキシカン・エアラインは払い下げを5回くらいしたようなボロボロな飛行機で、おまけに日本人は私たちだけであとは全て外国人、正直言って怖かったです。飛行機がカンクーンの空港に着いたとき、乗客のメキシコ人たちが「ヘイ、アミーゴ、アミーゴ」と言って涙を流して喜んでいたのが印象に残っています。きっと、無事に着いて良かったとの意味だったのでしょうか・・・。

 カンクーンは東海岸の人たちにとっては日本人にとってのグアム・サイパンのようなもの。海は綺麗だし、のんびりバカンスを楽しむには最高の場所です。私は現地に行くまで綺麗な海しかないと思っていました。ところが、そこにはマヤの遺跡がたくさんあったのです。

 チッチェン・イッチャへのワンデイ・ツアーがあったので、英語ツアーに参加しました。行ってみてビックリ。子供の頃から世界の七不思議みたいなノンフィクションの本が大好きだった私は、そこのピラミッドのことが書かれている書物をいくつか読んだことがありました。ピラミッドの周囲の建物のポールの影で、春分・秋分・夏至・冬至を調べたり、優れた天文技術を持つすばらしい文化を持っていました。まさに、天に導かれるようにして、行ってしまいました。

 その当時は、ピラミッドの中へも入ることができました。また、チャック・ムーの像の上でも写真も撮れました。7年後、再び行った時は、保存の為禁止になっていました。

 そこに行ったとき分かったのですが、私はマヤに生きていた過去を持っていました。工事中だった天文台に来た時、理屈ではない独特な感覚がありました。

 その日は、七夕(7月7日)だったと記憶しています。

 その影響なのか、その後もチッチェン・イッチャへ行く機会があり、1999年9月に、再度、訪れました。過去の記憶がハッキリと浮かび上がってきました。詳細は省きますが、とても素晴らしい体験でした。



● サイババ体験 ●

 1999年(平成11年)1月23日に、忘れられない体験をしました。昼寝をしている時に、不思議な夢を見ました。真中にサイババらしき人がいて周りの大勢の中に私はいました。その時、カメラのフラッシュのような一瞬の光が放たれ、それはいままで見たことも無いようなまぶしい真っ白い光でした。その閃光にそこにいた私を含む全ての人は飲み込まれてしまいました。夢の中で私は感電し多様な感覚になりそのまま気絶してしまいました。

 その後、目を覚ますとまだ身体中に電気が走っていました。1時間くらいは続いたでしょうか?その感覚の最中、電話が鳴り、インドに行こうと誘いの電話がありました。実は、私は前日まではサイババのことは知りませんでした。その知人が前日に見せてくれた本に出ていたのですが、名前は聞いたことはありましたが、写真で顔を見たのはそのときが初めてでした。夢を見るまでは、何となくレゲエ頭っぽいし胡散くさそうと思っていました。しかし、夢の体験があまりにもリアルであったことから、インドに行くことに決めました。それまでは、インドに興味はあったのですが、治安は悪いそうだし、怖いそうださし、汚そうというイメージがあったのですが、不思議とインドに行くことに関し、迷いはありませんでした。

 しかし、初めてのインドなのでツアーにしようといろいろなツアー会社を探しました。一つだけOKだったのが、ジャパン・ネットワーク・ツアーというところが主催していたサイババ特別ツアーで山形のお坊さんの檀家さんを集めたツアーに空きがあったので、そのツアーに参加しました。

 まず、羽田から関空に行き、全日空でボンベイまで行き、そこで乗換えをしてバンガロールに到着してまず一泊しました。アショカ・ホテルというホテルで1泊してから、バスでサイババのいるブッタパルティーに向かいました。道筋は遠く長いものでした。困ったのは道中でのお手洗いでした。現地の方が利用するというドライブ・インのような喫茶店のお手洗いはとても汚く我慢してしまいました。途中で我慢できなくなり、車を止めてもらい、草の陰で用を足しました。自然の中での用足しは、後ろから太陽が当たり、何となく人に見られているような恥ずかしいような、でも自然で心地良いような複雑な気持ちでした。その時、年配のおば様方はそこらで平気で用を足し、ガイドのクマール氏はその光景を見ていました。何とも不思議な光景でした。

 インドは不思議なところで車で道路を走っているだけでも、ガンジス川を想わせるものでした。例えば、誰かが食べかけのものを捨てるとそれを拾い家へ持って帰り食べさせるものや、物乞いをするもの、誰をも神と敬うものや、人から見えるような道端で用を足すもの、つまり全てが自然であり、ありのままなのです。そんな彼らの生活を見ているだけでも、自分がいかに恵まれているか感謝することができます。

 長い道のりを経て、約5時間くらい車で走り、バンガロールからブッダパルティに到着しました。キリストが40日40夜荒野を歩いたというお話しを思い出しました。苦難に耐え、真実を貫いたというお話しを・・・。また、山登りのような到達感があり新鮮なさわやかさもありました。ブッダパルティのアシュラムは、別世界で雲の上の世界という感じでした。アシュラムという修行場は、男女別々で生活し、部屋は2人部屋で簡素なベットとお湯の出ないユニットバスのみのものでした。テレビもなければ、何もない所です。しかし、自然の中で生活することにより、文明生活で忘れてしまった大切なものがよみがえってきたような気がします。そこにいる時は、風の音さえオーム(ヒンズー語の始まりの音であり、物事の始まりの音といわれている)と聞こえました。集まっている人々は様々で、世界各国の方たちがそこでは共同生活を送りました。ダルシャンというお祈りの時間にサンダルをはかず裸足で歩いていった時のあのなつかしさは何とも言えないものです。大地のエネルギーを強く感じ、かつてを思い出したような気がしました。初めてのブッタパルティーは、素晴らしい体験でした。遠くから見ているサイババの顔は閃光で輝き見えませんでした。ものすごいオーラを放ち、パワーを放っていました。

 不要なものは捨て去ることができ、劇的な良い意味での変化がありました。いま考えてみると、1月23日に初めてサイババの夢を見ましたが、1月23日は123で一二三の日、プッダパルティを経った日は2月13日でこれも一二三の変形バージョン。つまり、新たなスタートを意味していたのです。



● ホツマとの出会い ●

 1999年(平成11年)7月7日、飛騨高山に行った日のことです。“ホツマ”という音が天から降ってきて、身体に浸透していきました。その時は、聞いたことはあるけど意味は思い出せませんでした。しばらく経って、ホツマツタエという日本書紀や古事記より古い古文書があったということがわかりました。

 別のある日、“ハタレ”という言葉が天から降ってきました。その後、杉並の知人に電話をしようとした時、下二桁を間違えて逆にかけ、猿田彦神社にかかってしまいました。氷川神社などは結構あちこちにありますが、猿田彦神社は滅多にありません。かかる確立は万に一つというところで、少ないでしょう。間違ってかかってしまったので、電話料金がかかるなら質問してみようと思い立ちました。
「間違えてしまったようです。申し訳ございません。伊勢の二見ガ浦にある神社も、猿田彦を祀っていましたよね?」
「はい、伊勢の興津神社のことですね。あそこはハタレという魔物を封じ込めた夫婦岩で有名なんですよ。」と電話口に出た方が語られました。ちなみに、この夫婦岩とはお正月の風景で有名なものです。

 ハタレが魔物ということを聞き、ビックリしました。実は。この数日前に私は友達のハタレ退治をしていたのです。詳細は省かせていただきますが、宇宙のエネルギーで魔物を本来の道へと戻すことができました。不思議と怖くはなく、私も宇宙からのパワーを得た気がしました。

 後で分かったのですが、ハタレとは古代のホツマの時代の言葉で魔物という意味でした。



● ギリシャでの学び ●

 ギリシャに行った時、私はミコノス島とデロス島へ行ってきました。特に、デロス島は神秘的で、獅子の像を見たときは、普段どんなことをしても泣かない私の目から不思議と懐かしさで涙が込み上げてきました。このデロス島は、ミコノス島からさらに船で30分の遺跡の宝庫の無人島です。何でも、アポロンとアルテミスが生まれた場所でもあるんですよ!この小さな島の唯一の山であるキントス山を登る途中、シリアの館(正式名称は忘れました)というのがあり、そことライオンの絵が書かれた床がある宮殿跡は妙に懐かしく感じたのを覚えています。キントス山から見る景色は最高にすばらしかったです!!

 ミコノスの白い建物から海を眺めていると、あの海からアトランティスが浮き上がってくるんじゃないかしらと感じたりもしました。陽気で気さく、かつ素朴なギリシャの人々の温かいおもてなしには本当に感謝しています。

 ミコノスから本当はサントリーニにも行くことになっていたのですが、突風の為飛行機が飛ばず中止になり、アテネに戻りました。一日フリーな日ができたので、アテネから地下鉄を乗ってピレウスの港に行きました。そこで驚いたのが、キオスクのような売店の外壁に聖骸布に浮き出てきたといわれるイエスの顔とそっくりな顔が現れていたのです。何となく、それを見たとき、きっとイエス様が何らかの災いから身を守ってくださったんだと思いました。




● 無私の愛 ●

 旅先で知人に依存され、人がよい私はその人の手助けをしてしまいました。それが元で、40度近い熱を出し寝込んでしまいました。その際、何故か喉が痛くなりました。

 理由は一体何だったのでしょうか?考えました。「のどから手が出る」とかとよく言います。また、英語では“cut  one's  throat”(自滅を招く)などと言います。つまり、無私の愛のつもりで知人が良くなってくれればという欲が、自滅行為であったのです。

 昔から、「情けは人の為ならず」とはよく言いますが、本来は人に良いことをすれば巡り巡って自分に帰ってくるという意味です。ところが、時と場合によっては、ライオンの母親が自分の子供に対して、ある時はあえて厳しくしつけて見守り、己で気が付いて解決することを学ばせるということも必要なのです。宇宙真理の法則では、本来の学びは己で体験して体得して知恵が叡智となるのです。

 本当の無私の愛とは、ライオンが自分の子供に対して厳しく育てるように、または「かわいい子には旅をさせろ」と言うように、ある面では無視することも大事なのです。そして、己の力で自立できるよう、だまって見守ることも時として愛なのです。身をもって、学んだ貴重な体験でした。



● ダイエット大作戦 ●

 ある夏の日、友人の知人と会いました。その人は、薬学系のお仕事をされていたようです。現代の薬学には私は興味はないけれど、現代科学や古代の化学には興味があるとお話ししたら、ある古文書(カタカムナ)のことが書かれた本をその人は偶然読んでいました。何故かその古文書(カタカムナ)などの話でその時は盛り上がっていました。

 いろいろなお話をしたりしてお別れしてからの帰り際、ふと携帯電話を見るとかけてもいないのに“国会”と表示されていました。私は以前国会議員の秘書をしていたことがあり、国会事務所で働いていたのでそこの事務所を“国会”と表示していました。実は、その日にあった友人の知人の名が議員の名と文字だけは異なりますが、同姓同名でした。

 かけてもいないのに“国会”の表示は何の意味があるのだろうと考え、答えがわかりました。国会は英語でDIET、減量することもダイエット、つまり不要なものは全て捨ててしまいなさいという神からのメッセージだったのでしょう。



● 地球を大切に!! ●

 2000年の9月のある日、JR桜木町駅の構内で、小学生の夏休みの宿題のポスターが展示してありました。その中で、驚くものがありました。

 私が小学5年生の時に夏休みの宿題描いた絵と全くソックリのものがあったのです。環境に関するポスターを作ることという宿題でした。しかし、私は「地球を大切に!」という題名で、宇宙の中に大きく地球を描いたのです。普通の子なら、空き缶やゴミ箱などを描くのでしょうが・・・。ソックリなポスターを描いた11〜12歳の男の子の絵は、構図も色も一緒。題名も一緒で、「地球を大切に!」という題名でした。その男の子は手書きで文字を書いていましたが、私は当時どこで覚えたのかレタリング技術を使って作成していました。それ以外は、全く、一緒でした。

 それを見たとき、多分、その男の子とは同様の記憶があったのだと推測しました。もう成人していると思われますが、この男の子をご存知の方がいらっしゃいましたら、是非ご連絡いただけたら嬉しいです。




● 常立世って? ●

 ある日、鹿島神宮に行った帰り、トコタチヨという言葉が天からいつものように降ってきました。漢字では、何故か。常立世と書くとわかりました。

 どんな意味かたずねると、「常に個々に神々の御柱が通る世のこと」「常に個々に神々の御柱が立つ世のこと」と教えてくれました。そして、私にそのお手伝いをするようにとも言われました。ただ、ビックリでした。

 それから、私はこの“トコタチヨ”の意味と音の響きが好きで掲示板などでのハンドルネームにしています。常立世が来る為の一貫作業として、少しでも多くの方々が光である素の自分に気が付くことを願い、微力ながらHPも作成したのかもしれません。




● オイカイワタチ ●

 ある日、天から“オイカイワタチ”というメッセージが降ってきました。もちろん、その当時は意味は理解していませんでした。意味もわからず、普通に生活していたある日、突然不思議なシンボルが出てきました。陰陽をあらわす陰陽道のマークのようにも見えましたが、よく見るとそれらの周りにはさらにシンボルがあり、それらは星の形のようにも見えました。

 あれが何だったのかと思っていたその出来事から二日後、面白い出来事がありました。近所のブックオフで「宇宙からの黙示録---オイカイワタチとは何か」という本を100円コーナーで見つけました。早速持ち帰り開いてみると、驚いたことに第1部の第2章の挿絵に全く同じシンボルがありました。あのシンボルの意味はいまだに不明です。でも、そのようなことは日常茶飯事なので、いずれ時期がくればすべて理解できることととらえています。

 その本によると、オイカイワタチとは、宇宙語で、ワンダラーの中のある役目を担った人達の集まりであるということです。ワンダラーは神様の命を受けて、神様の手足となることを一人一人が心に誓って、進化の大周期にきた遊星(つまり、地球のこと)をよりよく高く変化させ、神の国とするべく活動する為に、遊星人として生まれ変わってきているそうです。そして、遊星と遊星人の持つカルマを明らかにし、“根のカルマ”を取り除く役目を持つワンダラーの集まりがオイカイワタチだそうです。また、各々のワンダラー達のことを、オイカイワタチと呼びます。

 何となく、重要な役割があって生まれてきたような気もします。子供の頃から、何かの使命を感じていました。だからこそ、中学生の時、死にかけたにも関わらず、甦ってしまったのでしょう。あなたにはやるべきことが残っていますよと・・・。




 

● エジプトでの学び ●

 カイロに到着してスーツケースを見たら、壊されて中身が見えていました。私だけでなく多くの方のスーツケースが壊されていました。しかし、持ち歩けないくらいひどい全損だったのは、私ともう一人でした。

 一通りの観光の行程も終え、カイロに戻ってきてエジプト最後の夜、みんながベリーダンスのショーを見ている時、旅行会社の人と航空会社の人たちと代用のスーツケースを街中まで探しに行きました。ホテルで売っているスーツケースも良いのがなかったので、連れて行ってもらうことになりました。連れて行かれたのは、繁華街らしいのですが、日本で言ったらアメ横のようなイメージの場所でした。狭いところにツアリスト・ポリスがたくさんいて、エジプトは想像以上に物騒なところに感じました。

 翌日からのトルコの移動でどうしてもカバンが必要だったので探したのですが、どれも10年以上前の型のものしかなくあきらめてました。仕方がないので弁償に関しては現地で交渉成立し、もう二度と壊されたくなかったのでスポーツバックのような機内に持ち込みのできるタイプのアディダスと書かれたものを代用として購入しました。

 旅行中は気が付きませんでしたが、帰途のイスタンブールで日本の方に、「そのバック、アディダスでなくてオディドスって書いてありますよ」と指摘されました。

 旅でも何でも荷物を少なく身軽にしなさいという教訓でした。軽いはlightなので、光に通じるからなのです。そして、外ではなく中身(真我)がいかに大事かということを、現象として教えてもらった旅でした。




● セントーサの蓮の花 ●

 セントーサは、現地の言葉で「平和と静けさ」という意味だそうです。大きなマーライオンがある公園での、ファウンテン・ショーというのがありました。噴水の水ときれいなライトの光でのショーです。その大きな噴水の前には蓮の花をかたどったようなシンボルな絵がありました。水と光での浄化&覚醒を意味しているように思えました。そして、このセントーサは私の大好きな蓮の花がシンボルのようでした。泊ったリゾート・ホテルも・・・。

 シンガポール内の名前は忘れましたがヒンズー寺院のある神様の乗り物がやはり蓮だそうです。そこの天井を見ると、蓮の花をかたどったところからライトがついていました。お釈迦様などの聖人やエジプトやアトランティスも蓮の花との縁が強いし・・・。

 何か蓮つながりのすてきな旅でした。

 そして、人工的なシンガポールの町で、世界平和と霊性向上を何気に訴えている普通の人が見たらただのショーであるファウンテン・ショーに何故かとても魅了されてしまいました。




● 蓬莱鳥の歓迎 ●

 2002年4月のとある日の朝早くに多賀大社に行った時のことです。いままで聞いたこともないキレイな鳥の鳴声がしてきました。それは、まるで美しい楽器を奏でているかのようでした。なんてキレイな音色なんだろうと思っていたら、友人と私の頭上をキレイな大きな鳥が通り過ぎていきました。あまりの美しさに呆気にとられ、しばらく見とれていました。色は輝いてい白金色で羽の先の方までくっきりと見えました。時計回りに左の方から飛んできて、頭上を通り過ぎ、大きな木の上からしばらく私たちを見ていました。私たちも、あまりの美しさに魅了され、しばらく眺めていました。普段なら写真を撮るものの、呆然と神々しい美しいその鳥を眺めていました。

 ちょうど、その日に、その鳥のお話を、知人の神道系関係者や霊能者にお話ししたところ、それは神様の化身でしょうとのことでした。おそらく、その鳥は蓬莱鳥(イトイ)でしょうとのことでした。聞いたことはありましたが、まさかお目にかかれるとは思いませんでした。でも、私にとっては忘れることのできないステキな思い出の一つとなりました。




● ネイティブ・インディアンの教え ●

 グランド・サークル旅行に行く1週間前に、現地で3人のスピリチュアル・マスターに出会うとのメッセージがありました。でも、私には何だかピンとはこなかったのですが、きっと聖なるヒントを与えてくれる友人ができるのだろうと思い、日本風の着物の布でできた巾着袋などのお土産を買っていきました。

 現地のガイドさんや、おみやげやで働いているネイティブの方たちと仲良くなり、お友達になりました。そのうちの一人は特に私のことを気に入ってくれたみたいで、普通の人には教えないネイティブアメリカンのシンボルの意味を書いた紙をプレゼントしてくれ、意味も教えてくれました。日本では、ネイティブの本を探したとしても載っていない情報で、とても貴重な情報でした。

 アメリカでガイドをしてくれた日本人女性でしたが、ご自分で言われるくらい、また現地の人にも間違われるくらいナバホの方と似ていて、だからこそ、特別な情報も入ってきたりして、ステキな情報やお話を聞かせていただきました。きっと、前世はナバホで故郷に帰ってきたという感じでアメリカに住まれていて、ガイドという仕事を通してナバホの叡智を伝えるすばらしいお仕事をされているのだろうと思いました。

 とても貴重な、かつ、すてきで楽しい旅行となりました。心に残る大自然の雄大な景色だけでなく、聖なる大地とネイティブアメリカンのスピリットにふれた貴重な思い出がまた1ページ増えました。



● オフェーリア ●

 ある日、習い事で舞を舞っているとき、やたらとある星のビジョンが送られてきました。何となく、直感で天王星という言葉が響いてきました。そのまま、これは一体何なのだろうと思いつつ、舞を続けていると、今度はオフェーリアという言葉が響いてきました。

 聞き覚えのない言葉なので、舞が終わってから、周囲の人に「オフェーリア」の意味を聞くと、何かの悲劇のヒロインだったんじゃないと言われました。でも、何か違うような気がしたので、帰宅してからインターネットでいろいろと調べてみました。

 すると、驚いたことにオフェーリアという星が実在したのです。天王星を回っている衛星の一つで、天王星の内側から2番目の星だそうです。1986年に発見され、半径が16kmしかない小さな天体だそうです。そして、この「オフェーリア」という名前はシェークスピアの作品で有名なハムレットの中からとったようです。

 今迄、知りませんでしたが、太陽系にある惑星の衛星の名前は、ギリシャ神話やローマ神話・シェークスピアの作品の中からの登場人物を、命名しているようです。

 シェークスピアに全く興味のない私にとっては、オフェーリアという言葉は初耳でした。その「オフェーリア」が天王星の衛星であるということなど知りえない私に、その星からのメッセージが届きました。そういえば、モニュメントバレーやグランドキャニオンで夜空があまりにもきれいで、ずっと眺めていた自分を思い出しました。夜空だけでなく、朝日も毎朝見るようになりました。天気が悪い時は、その気だけを受けるという感じですが・・・。続けていれば、各星からのメッセージも、もっとたくさんくるようになるかもしれません。あらためて、大自然のすばらしさを知る出来事でした。



 奇跡の水 ●

 ある知人にすすめられた水を飲んだところ、とにかく、エネルギーが高く、冷え性の私が身体がポカポカとあたたかくなり、翌日には、大量の宿便が出ました。何でも、ダイオキシンまで分解する水とか・・・。

 それはそれで、私にとっては、まずは宿便が取れたことが大きな成果でした。実は、6月の後半、突然の腹痛により、病院に行ったところ、宿便が溜まっていると言われました。いまでは、お笑い話ですが、本当に、あまりの腹痛だったのでこれは入院になるかもと思い、入院セットを用意して持っていったくらいでした。レントゲンを撮って、数十分後、病院内でレントゲン写真を見せて説明してくれました。毎日、出しているはずなのに・・・。と思いましたが、その写真を見て、驚きました。薬をもらいましたが、飲みたくなかったので、一切、飲みませんでした。その後、以前よりも、健康の為、ニンジン生ジュースなどをつくってんだりもしました。真剣に、宿便取りのため、大腸洗浄をしようとも考えました。何故なら、宿便は万病の大敵であり、大腸がんや女性なら子宮ガンなどを啓発してしまう可能性があるからです。病気に対しての恐れは一切ありませんでしたが、レントゲン写真を見てしまうと、自分では健康に気を使っていたはずだったのに、身体の中は、実際はそうではなかったのです。

 ところが、その水は、半日飲んだだけで、すぐに効果があり、大量の宿便がでました。病院で再びレントゲンで診てもらうと、もう、宿便はなくなっていました。

 いま考えると、あの6月の後半の腹痛は、身体の中に溜まっていた汚れ(宿便)の存在を教えてくれ、結果として、浄化するために、起こったものだったのです。

 その水に出会ったのは、9月10日、知人と再会して翌日のことです。間を空けずして、9月10日(コトの日)ということは、マコトの日です。全てに偶然はありません。本当に感謝ですね!



● 本質とは何か? ●

 2002年10月25日、私がかつて秘書をしていた代議士が不慮の事故によりお亡くなりになりました。はじめ、メールにて友人から聞き、テレビを見て突然のニュースにビックリして、そのまま、何もせずに、議員会館に直行して、お手伝いをしていました。

 とても正義感が強く、まっすぐな方でし。埋もれていた闇を暴くことにより、世直しをして、本質へと目を向けさせる仕事をしていました。様々な疑惑などを暴いたのも、彼の地道の追及の結果でした。「悪を憎んで、人を憎まず」の姿勢で、自分のことよりも他の人々の為に、寝る間を惜しんで動いていらっしゃいました。大昔は、政治は聖なるものでした。彼はクリーンな政治を目指して、活動をしていました。彼の活動の功績の結果として、いままで閉ざされていた真実が世に知れたというものも、少なくはなかったでしょう。

 国内においての、光り輝く世界への幕開けをする役割があったのでしょう。身体を張っても、本質に目を向けてほしいと願った彼の気持ちを、ただの死と捉えるのではなく、大きなメッセージとして、みなさまにもご理解いただきたいと思います。

 彼は世直しのために、闇を暴いて本質とは何かと追求していましたが、光の本質の方から問いかけをしていたら、違う結果となったかもしれません。しかし、彼は、身をもって、命を懸けて、本質の素晴らしさとは何かということを私たちに教えてくれたように思えます。強い信念・志を持っていた方だと思います。今の時代にいない本物の政治家だったと思います。このような方もいたのだということを、みなさまも、どうか忘れないでいてほしいと思います。



● 天使からのプレゼント ●

 あるクリスマスに、天使グッズのプレゼントが届きました。以前、うちにセッションにいらしたことがあるステキなチャーミングな素直な女の子からでした。プレゼントには、一緒に手紙が同封されていました。今迄いろいろとあったけれど、何とか克服して、エンジェル・ショップで働いているとのことでした。セッションをきっかけに本来の自分を甦らせ、新たな出発として、天の使いとしてのお仕事をはじめられました。

 でも、何よりもうれしかったのは、彼女自身が本来の自分を甦らせ、再(=サイ=真実)スタートしたというメッセージでした。数年間、訳あって、いわゆる「引きこもり」という状態から、本来の輝きを取り戻し、天の使いとしての新たなスタートをされたというメッセージが、実際のプレゼントよりも、私にとっては何よりのプレゼントでした。この上ない至福感に満ちた喜びのエネルギーを感じました。

 そして、その日がクリスマス。九理済ます。九理が済んで、十理となります。天使を育てる、光の子に甦らせることが、いかに素晴らしいことか、そして、この上ない喜びであるということを学んだ貴重な体験でした。



● 虹からのメッセージ ●

 レトロ調でメルヘンチックな小樽の街中を歩いている時、すてきなメッセージがありました。
 HOTEL 1・2・3の正面の壁に、7色の虹が出ていました。
 虹は光の架け橋です。そして、123は、ヒフミで、はじまりであり、スタートです。また、この日は、4月20日、24節季の雨穀で、種まきにちょうど良い時期。
 つまり、天からのメッセージで、本格的な光への架け橋になる人たちへの種まきがスタートされたのです。
 これから、多くの光の子たちが、自分達の本来の使命に気付き、また、光へと導く仕事をされていくことでしょう。



● ハウステンボスの意味 ●

 ある夏の日に、ハウステンボスに知人が銀行からの出向で働いていたので、遊びに行ってきました。
 ハウステンボスとは、オランダ語で「森の家」という意味だそうです。森は、木が三つ。イコール三位一体をも顕しているような気がします。そして、三位一体すると、天と地を結ぶ「ひもろぎ」となるのです。

 初めて、ハウステンボスに行ったのですが、働いている方々もあたたかく、とても、ステキなところでした。周囲も、緑に囲まれ、ハウステンボス内の緑も、実は、一本一本植樹したものだそうです。個人的な感想ですが、もっと、自然と一体化して遊べる・体験できるものがあったら、もっと良いのかもしれないと感じました。

 ハウステンボスは、経営の失敗から立ち直ろうと努力している最中です。九州最西端という場所や、バブル全盛期に建てられたと言うことが、影響して、いったん、破産となりました。これからの時代は、見た目の虚栄や形だけというのは、通用せず、全てにおいて、本質=心の時代です。いったん、ゼロになったからこそ、また、本当の意味での人のありがたみ・感謝することの大切さを感じているのだろうと感じます。いつの日か、本当の意味での「森の家」=天と地を結ぶ「ひもろぎ」となって、多くの方々に忘れていた素晴らしいモノを甦らせるきっかけになてくれればうれしいですね!

 翌日は、長崎半日バスツアーにて、長崎市内を見学しました。長崎は、おだやかな陽気で、人々もあたたかく、ステキなところでした。私にとって、印象的だったのは、観光スポットではなく、バスで通った時に見かけた「広馬場商店街」という名前でした。
 また、直感的に感じたのは、浦上は何かわかりませんが、神の奥義の鍵があったところだったのではないかということです。だからこそ、原爆を落として、何かを隠そうとしたのではないかと感じます。佐世保に他国軍の基地があるのも、長崎が出島貿易=交易のはじまりだったからということだけでなく、同様の何らかの理由があるのでしょう。とにかく、きっと、すばらしい何かがあるのではないかと感じます。

 夕方からは、ハウステンボスで働いている知人が、九十九島の「サンセットツアー」に連れて行ってくれました。
 昼間はまぶしくて太陽は見れませんが、夕方でしたので、太陽を沈むまでずっと見ていることができましたので、うれしかったです。九十九島も、独特な形で、大小無数の島々が点在し、景色も日本的、ほとんどが無人島で、自然が手付かずで残っているので、本当に素晴らしいところでした。九十九島とは言いますが、全部で208個の島が点在しているそうです。その中で、人が住んでいるのは、わずか2つの島だけだそうです。
 この島の名前にも、深いメッセージ性が込められています。天からのメッセージをたくさんいただいたステキな思い出となりました。



● 橘の花とオトタチバナヒメ ●

 
数年前、北茨城のとある神社に行った帰りに、「オトタチバナ」という言葉が響いてきたことがありました。
 これは、オトタチバナヒメを意味していると思い、調べてみると、神奈川の横須賀に走水神社というのがあり、行ってみたことがあります。
とても、霊力を持った女性の神様だったそうです。
 でも、この当時、何か別の意味があり、「オトタチバナ」と響いてきていたような気がしていました。
 お友達からのメッセージで、その謎解きができました。オトタチバナヒメは、時空を司っているのだと思います。
 皇居の東御苑で、タチバナの実を食べた時、スーっと天空につながったような感じがしました。東御苑の中には、正式なお名前は覚えておりませんが、個性的な形の建物の音楽堂などもありました。
 まさに、時空を、高次とつなくためのものでしょう。

  日本書紀によると垂仁天皇の命を受けた田道間守(たじまもり)が常世(とこよ)の国から持ち帰った「非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)」は本種とされるのだそうです。何とも言えない符合ですね。



● 笑う門には福来る ●

 ある日の夕方のことです。普段なら留守にしている時間帯でしたが、家にいました。スポーツクラブに行こうと思っていましたが、家の中でモタモタしていて、間に合いませんでした。以前から、古いPCをあげると約束していた知人にPCを送るため、パッキングしていました。パッキングが終わり、外出しようかと思いましたが、郵便局の方が荷物を取りに来てくれることになったので、外出しないで大人しく待っていました。

 ちょうど、その当時に住んでいた五反田のマンションの上の階に泥棒が入ったようです。15階・14階の方は、廊下の窓の格子も外され、窓を割られたり、玄関をバールのようなものでこじ開けられたりして、入られてしまったようです。中には、数百万円の現金やパスポートや通帳まで盗まれた方もいたようです。

 幸いにも、家に在宅していたことと、セコムを付けていたため、泥棒が入ることはなく、助かりました。

 今迄も、パターンは異なりますが、普通にしていたら、巻き込まれていたかもしれないのに、いなかったため、助かったという体験を何回かしています。でも、今回の出来事を機に、改めて、「笑う門には福来る」の意味を実感させられました。

「笑う門には福来る」といいますが、実際、日ごろより、光の喜びのエネルギーに満ちていると、悪しきものは来ないで、福が来るのだということを、改めて、実感させられました。本当に感謝です。


● 謝明の意味 ●

 
2007年2月のある日のことです。
 夢の中で、入院された知人に電話をかけてみると、「故郷の国に帰りました」との応答録音メッセージが流れ、何故か、「謝明」という文字が浮かんできました。

 起きて、しばらくしてから、気にかかったので、調べてみることにしました。
 最初、中国語かと感じたので、中国語の辞書を調べましたが、そのような言葉はありませんでした。一つ一つの言葉を単独で調べてみることにしました。謝は「礼を言うこと、別れを告げること、詫びること、断ること」という意味でした。明は「明るいこと、ハッキリさせること、夜が明けること、次の日・年、この世、現実の世界」という意味でした。

 明らかに、何らかのメッセージだったようです。今日お見舞いに行くと言っていた知人にメールをしたところ、思わぬ、メールが帰ってきました。9時14分に安らかに天に召されたとのことでした。今、考えるとあの夢は最後のお別れだったのかもしれません。

 常に、明るく、前向きで、穏やかな優しい方でした。家族の献身的愛に包まれ、安らかに、幸せに、旅立たれたようです。入院されてから、わずか2日後のことだったようです。優しい方だったので、家族や周りにもご心配をかけたくなかったのでしょう。

 霊的には魂は永遠でも、三次元的・肉体的には死を迎えられました。わかってはいても、ご夫婦とも知り合いで、ご縁があった方なので、ショックでした。しかし、肉体を脱ぎ捨て、あちらの世界では本人は意外と気楽で安らかな感じです。

 死は終わりではなく、新しいはじまりでもあり、再生です。新たな旅立ちのはじまりです。

 中学生くらいの頃、病気で死にそうになったことがありました。余命2週間と言われました。その日、不思議な体験をしました。いわゆる、あの世を見てきたのかもしれません。細くて、狭いトンネルのようなところを、ものすごい勢いで、赤ちゃんのようにハイハイをしていくと、先の方に明るい光が見え、そのまま進んで、その場所に行ってみると、何とも言えない気持ちよい、この上ない幸せな感覚を感じました。そこは、いい香りがして、とても、心地のよいところでした。ふと、下を見てみると、下に自分がいました。何で自分はここにいるのに、下に自分がいるんだろう、もしかしたらと思った時、ある方に「あなたはまだすることがあるから、帰りなさい」と言われました。
その当時はよくわからなかったので、自分の身体の中に泳いで行きました。

 人それぞれで、死を迎える時の心境は異なると思いますが、私が死に直面した時に感じたことと同様、全く、怖くなく、幸せな安らかな気持ちで、天に召されたことでしょう。


● 信じることの素晴らしさ ●

 2011年6月26日午後6時過ぎ、突然、主人が眩暈がする、頭がすごく痛い、あまりにも変だから救急車を呼んでほしいと言いました。
 言われるまま、救急車を呼び、最初はくも膜下出血を疑われましたが、病院に運ばれ、脳梗塞であったことがわかりました。

 何故か、余計なことを考えられない性格なのか、全ては上手くいく、大丈夫としか思っていませんでした。

 結果として、小脳梗塞と右頸椎動脈乖離という診断で、あと少し遅ければ命はなかったそうですが、運とエネルギーかなり強い私がずっと一緒だったので、幸いなことに、何の障害も後遺症もなく、奇跡的に、わずか二週間で退院することができました。

 これも、余計なことを一切考えず、周りに感謝をして、全ては上手くいく、大丈夫と信じたからだと思っております。


● 図形からのメッセージ ●

 
ふと、思い立ち、ドライブをして、横浜のとあるカフェに行ってきました。
 そこで、星つながりの方と再会☆☆☆つい、二日前に会ったばかりだったのですが、まさか、ここでお会いするとは。。。
 そのお店にはキレイな幾何学模様の置物がオブジェのようにあちこちにあり、キラキラとした輝きを放っていました。

 その中でも一際目を引いたのが、この独特な形のオブジェ。

☆ARATI-WORLD(アルティーワールド)光の世界へようこそ☆-スターケージ

 

 STARCAGEというものだそうです。実は、数日前から、もしかしたら、もっと昔から、この幾何学模様が脳裏に浮かんでいて、平面で書きたくても上手に表現することができませんでした。

 見た途端、懐かしさとうれしさで魂が共振している感覚があり、このオブジェが販売されているものと分かり、つい、うれしくて、おうちに連れて帰ることにしました。実は、このオブジェは竹でできていて、ランプにもなります。私はただこのオブジェを見ていたいだけなので、ランプは入れず、そのまま飾ることにしました。

 このステキな幾何学のオブジェがうちにやってきた日は世間ではクリスマスでもありましたが、『アルティーワールド』というHPを作って12周年記念日、つまり、HPのお誕生日でもありました。この数年、放置中でしたが、また、折をみて、HPも更新などもしてみようかしらと思いました。



● 原点に還ること ●

 
BSテレビで放映していた『アテルイ伝』という番組を見ました。大和朝廷と蝦夷と言われた人たちの話を題材とした時代劇です。
 
異色の時代劇だったので、不思議と惹かれるものがあり、何となく、見てみたくなりました。

 蝦夷と言われた東北の人たちは、自然と共に共生し、自分たちの文化を大切にして生きてきました。彼らは、権力と勢力拡大を考える大和朝廷の人々に屈せず、自分たちの世界を大切にしてきました。そのことを自分たちの言うことを聞かないと野蛮人扱いをされ、蝦夷と一括りにされました。彼らの文化は独特で、よそからのいいモノは取り入れつつも、縄文文化も色濃く残っていて、自然と共に、大地の恵みに感謝し、独自の宇宙観を持って、生活をしていました。

 阿弖流為(アテルイ)という主人公の名は、歴史の中でも僅かしか出てきません。坂上田村麻呂が征夷大将軍となり、蝦夷の討伐をしたというような内容です。歴史はいつも権力を持つ側の都合の良いようにされ、真実の歴史は闇に埋もれてきました。

 実際は、何も悪くない自然と共に生きてきた自分たちの土地と文化と仲間を守るために、必死に、理不尽な大和朝廷に対し、防衛していただけのように感じます。

 今、この時代に、東北を舞台とした「アテルイ伝」が放映されたのも意味があり、考えさせるものがあります。まずは、東北復興のための思いや願い。。そして、自分たちの土地や文化を大切にすること。

 これは、今の世にも通じて、例えば、TPPなど外国の圧力により、日本独自の素晴らしいモノを様々な形で崩していこうとする働きがある中、どうやって、私たちの素晴らしいモノを守り、後世に残していくかなど。。。
 
また、人間の本来ある形、自然と共生して、大地の恵みに感謝して生きていくということを思い出すこと。

 
つまり、原点に還ることです。


● 麻との出会い ●

 
2013年2月の初め、ふと、思いました。
 アテルイ伝の時代の人たちが着ていた麻のような服を無性に着てみたくなりました。 
 魂に響いてくる揺さぶられる本能的なモノがあったみたいです。

 今迄、麻はシワになりやすい、扱いにくいというイメージがあり、どちらかというと夏以外に身に付けるということはありませんでしたが、本能的に、身に付けてみたくなり、冬だったので、巷の洋服屋では見つからないと思い、ネットで探してみたら、いろいろと見つかり、洋服から下着まで麻に買ってしまいました。

 麻を身に付けてみると、冬なのにあたたかく、そして、エネルギーが高く、疲れないのです。手放せなくなって、魂の本能に従い、麻を身に付けるようになり、化繊の洋服や下着類は整理し、ゴミ袋三袋分くらい処分しました。

 麻は人間が持っている本能的な素晴らしさを甦らせてくれる素晴らしいパワーを持っているように感じられます。
自然の力で癒してくれ、本来持っている素晴らしさを甦らせてくれるのでしょう。
古来から、神社や御神事で使われてきただけでなく、衣料品、食物、燃料など、ありとあらゆるモノに使われてきました。自然からの叡智に感謝です☆


● アワの歌の会の発足 ●

 
常立世(常に個々に天の御柱が立つ世、通る世の子と)を甦らせるため、2013年9月から『アワの歌の会』を開くことになりました。
 ぜひ、多くの方に『アワの歌』を広めてほしいと言われ、今迄は躊躇をしておりましたが、素直に、流れに身を委ねることにしました。

 五感で、超感覚で、太古から続く素晴らしい叡智の結集である『アワの歌』を通じて、理屈抜きに、音霊から来る波動を身体で感じて、その振動が魂に浸透していくのを感じていただければ光栄です。

 素晴らしい感覚を甦らせ、お互いが、霊的向上して、高める場として活用していただければ、何より、うれしいと思います。自分のHP内でも「アワの歌」はご紹介しております。こちらには、カンタンですが、アワの歌に関しても、ホツマに関しても書いてありますので、よろしかったら、ご参照くださいませ。
http://www.arati-world.com/hotsuma.htm

 宮崎先生(アワの歌の会をご一緒にしている方)との出会いは2013年2月。私のHPを通して、ホツマ文字(ヲシテ文字)で書かれた未発見のミカサフミの一部を発見したので、貴女にぜひお渡ししたいと突然メールが来たのがはじまり。翌日、その書類が全て送られてきました。御礼をすぐにし、メールのやりとりをしているうちに、同じ町内に在住しているとのことがわかり、すぐにでもお会いして、直接、御礼をしたかったのですが、変に真面目なところがあり、キチンと内容を理解してからでないと相手に失礼ではと思い、なかなか、お会いすることができずにいました。
 8月に入り、ようやく準備が整い、お会いすることになりました。その際、ぜひ、多くの方に、「アワの歌」を広めてほしいと言われ、今迄なら間違いなく躊躇しておりましたが、これも天の流れと素直に委ねることにしました。

 そういう流れで開催することになりましたが、あっという間に全てが整い、まるで、ホームページを作った時のようであり、天からのサポートがあったように感じられます。
「アワの歌の会」をはじめるきっかけになったカンタンな経緯
http://ameblo.jp/arati-world/entry-11597396257.htmlhttp://ameblo.jp/arati-world/entry-11609071327.htmlhttp://ameblo.jp/arati-world/entry-11613823374.html


● 時間のワープ 〜時空を超える体験〜  ●

 
不思議な体験をしてしまいました。

 時間がワープしてしまったのです。午後2時過ぎに外出し、電車に乗り、東京駅に着いたら、何故か、1時40分代なのです。最初は何だかよくわからず、不思議な感じでしたが、すぐに、理解できました。時間をワープして、前に戻ってしまったのです。

 よく、ワープしたような感覚というのは体験したことはありましたが、だからと言って、時間が進んだり、遡ったりするという経験はありませんでした。まるで、アニメのハルヒの世界のようです(笑)

 今回の場合、明らかに、時間が前に戻ってしまったのです。時空を超えて、時間のワープをする体験は、多分、記憶では初めてだったのではと思います。

 不思議な気分でしたが、恩恵で、所要も済ませることができ、また、予定の時刻までお茶をすることもできました。
 自分でもどうやってしたのかわかりませんが、無意識でしてしまったようです。いつも、私の場合、独特な体験や現象が先にあり、後で意味を知るパターンが多いです。きっと、時空を超える体験は、事前に何かのエネルギーに共鳴してしまったようです。意味を探り、コントロールできるようになったら、楽しそうです。



● 愛魂 ●

 初回でお相手をしていただいた黒帯の方が、どうも、私のブログを発見して、『愛魂の初体験』の記事を保江先生にお伝えして、スマホか何かで、その場でお見せしたそうです。 

 実は、下記のブログ内に書いた内容が、幹部クラスの人の中でも秘伝のモノだったらしく、全くのド素人で難の知識もない私が知っていたことを喜んでいらっしゃったそうです。ビックリ。

 詳しくは、こちらをご参照ください。
http://ameblo.jp/arati-world/entry-11667174679.html 


● 甦らせる力 ●

 2013年11月9日の10時半過ぎ、テニスクラブから電話がかかってきました。ご主人の容体が悪く、救急車で病院に運んでいます。どうも、急性心筋梗塞のようですと。
 
 普通の方なら、ビックリして、焦ったり、心配したりするのでしょうが、私は全く動じることがなく、とても冷静で、何故か、全ては天の意のままになるから大丈夫と安心していました。

 病院に到着するや否や、検査をするので署名をしてくださいと言われ、署名後、待合室で待っていました。
 すると、キレイな高い鈴のような音色が聞こえてきて、何とも言えないキレイな光が天からたくさん降ってきました。不謹慎ながら、何て、キレイなんだろうとその光のエネルギーに浸って、遊んでいたら、看護婦さんからお呼びがかかりました。先生からお話がありますと。

 手術室の横にある処置室みたいな場所で、心臓が映ったモニターを見ながら、取り除いたばかりの血栓を見せられ、先生が話をはじめました。
 3つある冠動脈のうち、1本が完全に目詰まり、残りの2本はほぼ目詰まりで、一見は元気そうに見えても、かなりの重症だったそうです。 あと数分遅ければ、命はなかったとのことでした。
 幸い、処置が早かったことと、詰まっていた血栓を全て取り除くことができたため、命をつなぐことができたのです。

 実は、あのキレイな光を感じていた時、カテーテル手術をしていたようです。どうも、あの光は天からのサポートだったようで、主人の命を救ってくれたのでした。

 2年前の脳梗塞の時と同様、今回も、あと少し遅ければ、命はなかったのですが、かなりエネルギーが強く、強運の私が近くにいたため、何の後遺症もなく、わずか2週間で退院することができました。

 そして、何より驚いたことは、主人には元々、持病で不整脈(心房細動)があったのですが、血栓を取り除いたおかげで、普通ではあり得ないことですが治ってしまったのです。そのことに気が付いたのは、11月11日のことでした。
 まさに、1111の奇跡であり、「災い転じて福となす」です。
 
 


● 和の心 ●

 このところ、エネルギーの二極化も加速化し、本物そうに見せかけた偽物も多くなりました。
 そういう方たちの特徴は、シヰ(我欲)が強く、周りを巻き込もうとすることです。時には、あらゆる術を使って、間接的にコントロールをしたりもします。

 普通の方には見分けが難しいのかマインドコントロールにかかってしまう方も多いようです。 
 判断するには、目を見てみること、波動感じてみることで、顔の色などでカンタンにわかります。
あと、その方の発する声や話し方・態度などにも波動が出ます。

 太陽が当たり、光が強ければ、影も強くなるように、そのようなモノも寄ってきたりもします。
 何か波長が異なると感じた時は無理せず、躊躇せず、その方と距離を置き、なるべく、関わらないようにすることが一番です。

 どうしても、関わらなければならない場合は、戦ったりぶつかるのではなく、やんわりと接して、上手く交わすことです。
 それは、武道をはじめ、和の伝統文化に元々あるもので、力を入れると逆に良い結果とはならず、力を抜いて、優しく、やんわりと接することで、全てが上手くいくのです。




この後の体験などは、 時間があります時に、こちらに掲載できるよう努力します。



(FBもはじめました。 『神代ヒカリ』で検索してください。)


最終更新日: 2014/02/11



    

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